素材:アトリエ夏夢色様
12月24日 クリスマス・イブ 生徒たちによる学院のクリスマスコンサートを終え、 金澤先輩と会う前に行った姉の墓参りでその背中を見つけた 「墓にクリスマスローズを供えるとは…」 「あら、ポインセチアの方が良かった?」 そう言って振り向いて笑う君の顔は昔と少しも変わっていなかった LOVE SONG おそらく私の初恋であっただろう君の瞳はいつも金澤先輩の方を見ていた 高校の時から亡くなった姉を含め私達はいつも4人で行動することが多かった 私達はただ若いというだけで挫折という言葉など存在しないくらいに将来の夢などを熱く語ったものだ だが姉が亡くなり、金澤先輩が世界へと旅立ってしまったあの日から私達は疎遠になり 気がつけば10年という月日が経ってしまっていた くるくると変わる表情で君はいつも『紘人先輩』を追っていた そんな君を見ているのが私は好きだったのかもしれないな だから、変わらない君にクリスマスプレゼントを贈りたかった 君を行きつけの店に誘いカウンターでグラスを傾ける すると君は、店内を見回しながら意外そうな顔をして小さく笑った 「どうしたんだ?そんな意外そうな顔をして」 「だって…暁彦君がこんな雰囲気のある店をしっているなんて…」 ――― 暁彦君 久しぶりに呼ばれた名に動揺しつつ平静を装う為に「高校生ではないからな」と苦笑する そんな私を弄ぶように君は『暁彦君』を連呼する 三十にもなった男が“君”付けで呼ばれるのは気恥ずかしいものだ 私が「もう暁彦君はないだろう?」と小さな咳払いを一つわざとらしくすると 君は学院の女生徒達と同じような顔で「えーっ」と頬を膨らませた 「えぇ!? じゃあ、暁彦…さん?」 ドキリとした 少し早くなった鼓動を一気に飲んだ酒で隠した 君は自分で言った呼び方に吹き出して「なんちゃってね」と私の肩を何度も叩いて笑った まったく君の行動は10年経っても変わらないのだな… 少し溜息交じりの笑みを漏らすと、そこへどうやら君への贈り物が届いた 「よう吉羅」 「遅いですよ」 「悪い悪い、これでも教師は忙しいんだよ」 「教師ねぇ…指導すべき立場にいるなら遅刻は感心しませんね」 「そういうとこいくつになってもお前さんは変わらんなぁ」 やれやれ あなただけには言われたくないですよ金澤先輩。 少しムッとする吉羅を宥めるように、金澤は「まぁまぁ」と軽く肩を叩きながら吉羅の隣に腰を掛けた そして、私の右隣に座っている彼女に視線を移すと「彼女か?」などと小声で訊いてきた どうやら金澤さんは彼女がだとは気づいていないらしい 軽く会釈をする金澤には一瞬目を伏せたが、直ぐに確認するように金澤の名を呼んだ 「紘人…先輩?」 久しく聞いていなかった懐かしい呼び方に金澤も驚いたことだろう 金澤は吸っていた煙草の煙に噎せた 「え!?えぇっ!?…お前さん……か?」 金澤は懐かしそうにを見つめるその瞳を隠すように目を伏せ 「…、お前さん老けたなぁ」と『会いたかった』思いをその言葉の裏に隠した 「金澤さん…、お互いにという言葉が抜けていますよ」 「ちょっと暁彦君、それってフォローになってないけど……どうせ三十路ですよーだ」 そう言ってプイッと横を向くの仕草と優しく微笑む金澤。 この二人の思いが吉羅を挟んで伝わってくるようで吉羅は心地良いジェラシーを感じた 10年経っても変わらない思いが吉羅には嬉しかった 随分と聴いていなかった金澤の歌が聴こえてくるようで… さあ、私は邪魔者だ 退散することにしよう 「すまないが、私はこれで失礼する」 「え?ちょっと暁彦君…どうして?」 「おいおい…吉羅よ」 そうやって困って焦る二人を見ていると悪戯心が起こるというもの。 吉羅は立ち上がっての肩にそっと手を置くと、耳元で内緒話をするように言った 「今夜はクリスマスだ、君にプレゼントを贈ろう」と。 吉羅は微かに笑みを浮かべると「それでは失礼、金澤さん」と軽く片手を上げて店を出て行った サンタクロースになるのも時には悪くない おい吉羅よ、粋な計らいをしたつもりなんだろうが、大人になると若い時より照れるもんだ 妙に喉がカラカラに乾いて気の利いたセリフの一つも出てこなくて 酒を呑むペースが速くなり、持って行きようのない手が煙草を探している 吉羅の居なくなった空いた席が二人の関係の空白に思えて、 それを埋める為に「元気だったか?」などと今更ながらに訊いたりして我ながら情けない 「お前さんは今何をしてるんだ?」 「私?…うーん……普通のオバサンしてる」 「おいおい、老けたって言ったのを根に持ってるのか?」 フフッと小さく笑いながらグラスを傾けるの姿は10年前には想像もつかない事だった すっかり大人になってしまったお前に戸惑いさえ覚える 「それより…紘人先輩が教師をしてるなんてねぇ」 自由気ままに生きてきた俺が教師なんて職業に就いたなんて意外だとお前の瞳は語っている 確かにな…、昔の俺だったらそうかもしれないけどこれでも真面目にやってるんだぜ 「結構楽しんでやってるさ」 「へぇ……ま、いいんじゃない? 私も高校生に戻れるなら紘人先輩の生徒になってみたいかもね」 「高校生に戻れたらって……お前さん、それは図々しい願いだろ?」 「どうせ三十路ですよ」 男と違って女は歳の事が気になるんだな プイッと横を向きながら酒を飲み干す姿が似合わなくて金澤は思わず笑ってしまう それがまたの機嫌を損ねる事になるとは… 「…お前が俺の生徒だったら…」 「何よ」 「俺はお前さんに惚れる事ができんだろう?」 俺がそんなクサイ事を言うと予想していなかったのかは目を丸くして言葉を失ったみたいだが 直ぐに吹き出して、「紘人先輩酔ってる?」と笑った 「そうだな…、酔ってるかもしれんなぁ」 「フフフ…、じゃあ私も酔っちゃおうかなぁ」 「おお、酔っていいぞ 酔ったら介抱してやるぞ」 「介抱もいいけどさ…それよりも、今夜はクリスマスだよ?」 「うわっ…何だ何だその目は…… まさかお前さん、俺にサンタクロースになれって言うんじゃないだろうな?」 「さすが紘人先輩、よく分かってるじゃない?」 「お前なぁ…年を考えろよ」 口は災いの元だな。 は横目でちらりと睨みつけながら 「悪かったわねオバサンがプレゼントを欲しがって…」と拗ねた口ぶりで呟いた 「冗談だよ…10年ぶりに会ったんだプレゼントくらい贈ってやるさ ただし、高価なもんはやめてくれよ…教師っていうのは案外安月給なんだ」 俺が茶化しながら言うと、は少し考えるフリをして空いていた隣の席に移動した 一瞬空白が埋められた気がして戸惑ったが、は俺の耳元で「紘人先輩の歌が聴きたい」と言った ――― 俺の歌? 俺は耳を疑った いつだってお前の為に歌ってきたが、それはもう昔の事。 もうあの頃のような声では歌えない そう、お前に届くような “LOVE SONG”もな 「すまんな……もう俺は歌えないんだ 喉をやられちまってな お前に上手く歌ってやることも聴かせることもできない」 そう言って金澤はグラスに残った酒を飲み干すと煙草に火をつけた 揺れる煙の行方を追っていたの瞳が目の前に置いてある煙草の箱に移った あぁ、だったら煙草を吸うなとでも言いたいのだろう だが、の言葉は金澤の予想に反するものだった 「別に上手くなくても、昔のような声が出なくてもいいじゃない? 紘人先輩が不器用なのは知ってるから…」 そこには10年前と変わらない思いと10年分の変わっていない思いを持つの瞳があった 俺にも若い頃のように熱い想いを伝えることが出来るだろうか… 「行くか?」 「どこに?」 「聴きたいんだろ?…俺の歌」 「聴きたい」 何度だって聴かせてやるさ 一晩では語り切れないずっと変わらなかった想いの歌を… ――― 『愛している』の言葉に乗せて 10年前に言えなかった言葉を今… メリークリスマス ずっとお前のサンタクロースでいてやるから BACK 2009/12/12 |