素材:アトリエ夏夢色様
イタリアンパスタに欠かせないハーブ、バジル。 別になければなくても構わないけど あれば彩りや香りが増して、やっぱり不可欠なのかもしれない バジル 世にも奇妙な事がこの日起こった なんと、切原赤也が熱を出して学校を休んだ それは私達のクラスではちょっとした事件だった 担任が苦笑交じりで赤也の欠席を面白可笑しくクラスに伝える それは心配するどころか爆笑を誘った 今頃赤也はベッドの中でクシャミをしているのだろうと私も釣られて笑っていた しかし、2時間目3時間目と時間が経つにつれてふと物足りなさを感じた ムードメーカー的な赤也がいないだけでこんなにも殺風景な空気になるなんて… 普段は居るだけで賑やかな空気になる教室も、彼の存在がないだけでこんなにも寂しい 私はぽっかりと欠けた赤也の席を見ながらぼんやりと授業を受けていた 放課後、担任が言う 「、切原にプリントを届けてやってくれ」 「えーっ、私んち逆方向なんですけど…」 「ま、そう言うな…隣の席のよしみってことで、頼むな」 私は赤也に渡すプリントと、途中テニス部の先輩に頼まれたお見舞いの差し入れを持って 自分の家とは逆方向に自転車を走らせた 初めて行く赤也の家 少しだけ心臓がドキドキした 玄関先で軽く深呼吸を一つしてチャイムを鳴らすと、明るい声が聞こえて赤也のお母さんが顔を出した 「切原くん大丈夫ですか?プリントを預かってきたんですけど…」 とりあえず当たり障りのない言葉を告げると、お母さんはお礼を言いながら笑った 「まったくねぇ、バカが熱を出すから本人が一番驚いているのよ もうオレは死ぬんだとか言って騒いでるの バカでしょう?」 バカでしょう? なんて聞かれて思わず『ハイ』って言ってしまいそうになる口を慌てて押さえていると 「よかったら上がっていかない?」と軽く誘われ、気付いたら私は居間に通されていた そして、その奥にある階段を指差して「2階が赤也の部屋なの」と なぜか私が直接赤也に届け物を渡す事になってしまった えーと、いいんですか?お母さん?と、一瞬戸惑ったけど 赤也の部屋を見れるという好奇心の方が大きくて、私は促されるまま階段を昇った トントンと木造の階段の心地良い音を響かせながら階段を昇ると 部屋の前にローマ字で『AKAYA』と書かれたプレートが掛っていた 「ぷぷっ、カワイイ…」 思わずそのプレートに微笑ましさを感じながら、声を出さずに部屋の扉をノックすると 中から「もー死にそーでーす」と赤也の声が聞こえてきた お母さんの言う通りだ 私は笑い声を抑えながら静かにドアを開けて部屋の中に入った すると、私の顔を見るなりいきなりベッドから飛び起きて悲鳴に近い声を上げた 「んげげっ!な、な、な、なんで…お前がいるんだよ!?」 「お見舞い……ぷぷっ」 「な、なに笑ってんだよっ!!」 これが笑わずにいられるでしょうか? 普段からクルクルのワカメヘヤーが勢いを増して爆発している 是非この姿をクラスのみんなに見せたい衝動に駆られるのは私だけ? 「いや、別に…」と誤魔化しながら鞄からプリントを出して赤也に渡すと 少し機嫌を損ねたように「お前、見舞いに来たんじゃねぇの?」と言った 「お見舞いだよ、だからプリントを持ってきてあげたんじゃない」 「こんなの見舞いじゃねぇ」 「赤也はバカなんだからこのプリントがないともっとバカになるよ」 「かーっ、こんなのいらねぇ 見舞いと言ったら食いもんだろ?」 赤也はそう言ってヒステリックにプリントを放り投げた あぁ、うるさい 騒がしい やっぱりイタリアンパスタにバジルはいらないと思った 「なぁなぁ、食いもんはねぇの?」 「ないこともないけど…」 その答えに赤也はベッドから飛び降りると、私の鞄を漁り始めた その姿尻尾を振りながらおもちゃを見つけた子犬のよう。 そして、先輩達から預かった菓子を見つけるとガツガツと食べ始めるのだった 「赤也…、死ぬんじゃなかったの?」 「うるへー、食ってから死ぬ」 私は溜息を吐きながらも、見慣れないパジャマ姿の赤也を見て新鮮な気分になった 「ね、赤也…写メ撮っていい?」 あまりにも可笑しくて、その姿を撮りたくなって携帯を構えると 赤也は「あ?」とお菓子を頬張りながらニヤリと笑った 「どうせ撮るならこの方がいいじゃん」と赤也は私の手から携帯を奪いいきなり肩を抱き寄せると 「はいチーズ!」とカメラのボタンを押した 私の携帯の画面に映し出された初めてのツーショット写真。 お菓子のクズを口に付け笑っている赤也と赤也の爆発した髪で顔が半分隠れている私。 赤也って…やっぱりちょっとウザイかも… 例えるならイタリアンパスタのバジル。 私は入れた事がない あってもなくても支障はないから でも、入れれば彩りも良くなって賑やかになる その存在がハーブのように微かに香って誰よりも不可欠な存在なのかもしれない きっと赤也は私にとってイタリアンパスタのバジルなのかもしれない そう言ったら、「お前はトマトみてぇだ」と笑った その意味は後で赤也に訊いてみよう だけどね、トマトとバジルって相性がいいんだよ 知ってた? BACK |