素材:アトリエ夏夢色









ね、そろそろいいんじゃない?



は?何がって? 結婚だよ 結婚。
オレたちも長いしさ…そろそろいいんじゃねぇ?


何だよ、その目は…
別に冗談で言ってるつもりはないって。


あ?違う? じゃあ何だよ



へ?幸せにする自信があるのかって?


あははは、そんなのある訳ないっしょ



あっ、でも…オレが幸せになる自信はある なんてな




へへへ。




ま、今すぐには無理かもしれないけど、その左手の薬指、予約…な。










HAPPY TIME










そんな赤也のプロポーズを受けて結婚した私たちも1年の時が過ぎようとしていた
しょっちゅうケンカをする私たちだけどそれなりに幸せな時間を過ごしている


そんなある日、ついに切原家にもコウノトリがやって来たのだった




「赤也…出来ちゃった」

「は?何が?」




赤也は少し考える素振りをしてから何か思いついたように手を叩き
「わかった」と声を上げた




「苦戦してたあのゲームがやっとクリア出来たんだな?やったじゃん」

「えっ!?」




ちょっと待て、ゲームって何?
アンタにとって『出来ちゃった』の意味はゲームのこと?


まったく無知というか幼稚というか、大人の会話ができないんかいっ!



結婚前にお義母さんが「後悔しない?」って言っていた意味が少し分かった気がした




「あのさぁ、出来たって言ったら赤ちゃんが出来たって意味に決まってるでしょ?」

「赤ちゃんが出来た?…って、誰に?」

「誰にって…、私よ、私に出来たの」

に赤ちゃんが!?……お、おい相手は誰なんだよ?」




コイツ…


百歩譲って動揺しているんだと思ってあげるわよ
だけど、よりによって「相手は誰だ」なんて、どこまで失礼なヤツなんだ




お義母さん、私…今、後悔してます。






は両手で赤也の頬をパチンと叩くように挟んで自分の方へ向かせた




「おい、潰すぞ…アンタの子に決まってるでしょーが!」

「あは…ははは、だよねぇ そうだと思ったッス」




『思ったッス』じゃないっつーの!!
赤也ってば昔から調子のいいヤツだったけど、こんなんで本当に大丈夫かな?




「しっかりしてよね、パパになるんだからね」

「えっ?パパ!?」




一瞬聞き慣れない『パパ』という言葉に驚いていたみたいだったけど
すぐに「パパかぁ…」なんて浸ったりして。


指で鼻先を掻きながら「へへっ」って、一人違う世界に行って照れ笑いをしている
赤也が何を想像しているのか予想がつくだけに可笑しくなってくる




「嬉しい?」

「すげぇ嬉しい…オレに似て絶対カワイイ子だろうなぁ」




じゃあ私に似たら可愛くないのか?と突っ込みたかったが、嬉しそうに妄想しているからやめた。






その日から、よほど『パパ』がお気に召したのか目に見えて赤也の様子が変わっていった




「無理はするなよ」
「重たいものは持つな」
「疲れたらすぐ休めよ」




これには私だけでなく、お義母さんやお義父さんまでもが驚いていた

やれ気が狂ったのかとか、やっと人並みの事が言えるようになったかとか、
到底実の親とは思えない言葉がポンポン飛び出した。



まぁ、実の親だから言えるのかもしれないが…







―― そんなある日




「おい、何してんだよ」

「何って、洗濯してるだけよ」

「そんなのオレがやるって…、はのんびりしてろよ」




うわぁ、赤也が洗濯?


自慢じゃないけど、赤也が洗濯しているところなんて見たことがない。
結婚してからだって一度だってしたことがないもの。


もしかしたら『能ある鷹は爪を隠す』という格言のように
赤也にも隠れた才能があったのかしら?



炊事洗濯が天才的?みたいな…



赤也がとにかく気を使ってくれるのでは黙って任せることにした






それから1時間ほど経った時、洗面所から奇声がが聞こえてきた




「すげぇ、 これ見てみろよ」




赤也は新しいものを発見したように楽しそうに走ってきた
そして、その手には見覚えのないピンク色のシャツが握られていた




「洗い終わったらお前の白いシャツがピンク色に変わったぜ
 洗濯ってすげぇな、まるで魔法みたいだな」




そう言って、目の前でシャツを広げて見せた




「んげっ」




目の前で誇らしげに広げられたシャツは紛れもなく私のお気に入りの白いシャツだった



は慌てて洗面所へ駆け込み、既に洗い終わっている洗濯物を見て愕然とした
シャツだけでなくソックスまでも被害を受けていた


白い者をピンクに染めてしまった加害者である赤也の真っ赤なシャツが恨めしかった




何が『能ある鷹は爪を隠す』?何もない才能を隠すんじゃねぇ!!
ここまで常識がなかったとは…




はがっくりと肩を落とすのだった




「もういいよ…洗濯は私がやるから…」

「そうか?んじゃ、オレが飯を作るな」

「え゛っ!!??」




何かイヤな予感がしては断ったが、赤也のやる気の方が勝っていた



うん、大丈夫よ


いくらなんでも食べられないものは作るわけないし…と、は自分に言い聞かせた


しかし、それもまた予想外のものになってしまったのだった




ボンっ!!!




今度は怪しい音がキッチンから聞こえてきた




ボンッって何?今度は何をやらかしたの?



洗面所から急いでキッチンへ向かうと、そこにはあるまじき光景が…




「ぎゃー、炊飯器からお湯が溢れ出てるじゃない
 赤也、アンタどれだけ水を入れたのよ」

「え?いっぱい入れた」




いっぱいって…お前は子供かっ!!




あぁ…炊飯器から溢れているお湯は糊状でべちゃべちゃになってしまっている

まさかご飯も炊けなかったとは…




「ははは、ちょっと失敗したな」

「ちょっとじゃねぇよっ!!」

「大丈夫だって、今度は味噌汁作るから」

「作らなくていい!」

「なに言っちゃってんの?オレに任せておけって」

「いや、任せたくないから……って、ちょっと何やってんのよ」




何を思ったか赤也はお揃いのお椀に味噌をぶち込み始めた
そして、たった今沸いたばかりの沸騰した湯を鼻歌交じりに注ぎ始めた




「あ、赤也……まさかとは思うけど…それって?」

「味噌汁ッス」

「出汁は?具は?」

「そんなの適当に入れればいいじゃん、ほら冷めないうちに飲めよ」

「飲めるかーーっ!!」




そんなの味噌汁じゃない!ただの味噌湯だよ
そんなの飲んだら塩分取り過ぎで赤ちゃんがおかしくなっちゃう。



が思わず赤也の胸座を掴んで「私を殺す気?」と脅すように言うと
「なんでだよ」と逆に怒りだす始末。



は何故赤也に花婿修業をさせなかったのかと義母を少し恨んだ




「まったく、何も出来ないんだから」

「悪かったな、どうせオレは何も出来ませんよ」

「か、可愛くない!」

「フンッ」




腹を立てた二人は互いに背中を向け、は汚れてしまったキッチンを片づけに
そして赤也はリビングのソファに寝転んだ



結局いつものように喧嘩になり、思いが形にならないことに苛立ちながらも
赤也とは大きく溜息を吐いた



にだけ大変な思いはさせたくない
でもやること全てが裏目に出てしまいには通じない




「なぁ?」




少し考えることがあったのか、暫くして赤也がキッチンへご機嫌を窺いに来た
しかし、は後片付けに手一杯で不機嫌に返事をする




「何よ」

「そんな興奮すんなって…身体に良くないって」

「誰が興奮させんのよ」

「まぁまぁ」




飄々とした赤也の宥め方に逆上しそうな気持ちを必死で抑えていると
いきなり手を掴んでをリビングへ連れて行った


そしてソファに座ると、空いている自分の隣を軽く叩いてに座るように促す




「あのねぇ、私は誰かさんが汚したキッチンを片づけないとならないの」

「ま、いいから座れって」

「だから、そんな暇はありません」




が腰を上げようとすると、赤也はその腕を掴んで自分の方へ引き寄せ
そのまま軽くを抱きしめて、落ち着かせるように背中をそっと摩った




突然な赤也の行動に戸惑っていると、耳元で「ごめん」と謝ってから
言い訳するように話し出した




「オレってさ、何にもできないじゃん?」

「うん……、あ、そんな事ない…かな?」




珍しくしおらしい事を言うので、肯定しつつも否定をした


赤也は苦笑いをしてから「オレ、考えたんだけどさぁ…」と小さく溜息を吐いて見せた




「何を考えたの?」




正直は赤也の考えたことなんて期待していなかった
どうせまたくだらないこと事だろうと思っていた




「オレ、何にも出来ないからオレにしか出来ないことをやるよ」

「赤也にしか出来ないこと?それってどんな事?」




赤也に出来る事なら誰にも出来るんじゃないかと思いながらも訊ねると
ぎゅっとを抱きしめて「よしよし」と子供を宥めるように、頭を撫でた




「あ、赤也?」

「じっとしてろよ」




は言われたとおりに赤也の腕の中でじっとして目を閉じた




あ、気持ちいいかも…




がそう思っていると赤也が口を開いた




「お前が疲れたりイライラしたりしたらさ、オレがいつもこうしてやるから」




そう言って小さく笑って、それから「な?これはオレしか出来ないっしょ?」と付け加えた




「赤也……、パパみたいだね」とがクスクス笑うと
「だってオレ、パパだもん」と赤也も笑った








喧嘩しても直ぐに優しい気持ちになって笑い合えるような幸せな時間。
そんな時間を赤也と過ごせる



今はまだ二人だけど、1年先には家族も増えて幸せな時間も増えていくのだろう




ね、お義母さん…私、後悔なんてしません





あの時の言葉を今そっと呟く















END







BACK