素材:アトリエ夏夢色









アイツと初めてしたキスはイチゴのキャンディの味がした




それ以来オレはその味が忘れられなくて
ポケットにいつもイチゴ味のキャンディを忍ばせている










Candy










、コレやる」




丸井ブン太が放り投げてきたものをキャッチすると
それは透明なセロハンに包まれたイチゴ味のキャンディだった


ブン太が女の子に菓子をあげるのは珍しい
もらう事はあっても人にあげるということは滅多にないからだ




「ブン太先輩がキャンディをくれるなんて珍しい」

「そりゃあお前は特別だからな」




誤解を招きそうなセリフに「特別?」とが聞き返すと
「そ、お前は赤也の彼女だからな」とブン太は小指を立てた




「ブン太先輩…、そういう仕草ってオヤジっぽい」

「別にいいだろぃ」




ブン太は少し拗ねたような表情を見せたが、すぐにの頭を無造作に撫で
「お前はかわいい後輩の彼女だから特別なんだよ」と笑った



そういえば、テニス部の先輩達はみんな同じ事を言っていた


赤也はいつも先輩達に怒られたりからかわれたりしている
それって、やっぱり先輩達に可愛がられているということだよね?


そう思うと、特別扱いをされるのって悪くないかな?などと思ったりする




こうして赤也を待っていると、必ずといっていいほど
誰かしら先輩達が相手をしてくれる


それはいつも待たされるにとっては楽しい時間の一つだが
赤也にとっては少しだけ面白くなかったのだ




「ずいぶん楽しそうッスね」

「あ?楽しそうじゃなくて楽しいんだよ」




ブン太は赤也の言葉に意地悪く答えながら口の中のガムを膨らませた



「ちぇっ」と軽く舌打ちする赤也を挑発するように
『赤也に泣かされたら俺のところに来いよ』と笑う




「オレはを絶対泣かせたりしないッスよ」




単純な挑発に簡単に引っ掛かる赤也はブン太のからかいの的になる




「へぇ、じゃあ…赤也に厭きたら俺のところに来るんだぜぃ」と、
今度はにウィンクを投げた


それはブン太のいつもの軽い冗談だと分かっているので
も笑いながら「考えておきます」と流す




「お、流石だぜぃ…お前はノリがいいな」




笑いながらいつもの調子での頭を撫でているブン太。

赤也は胸の中で何かがプツリと切れたような音がして、
思わずその手を叩くように払い除けていた




「いてっ」

「コイツは誰にもやらないッスよ」




捨て台詞のように破棄捨てると、強引にの手を掴み足早に歩き出した




「ちょっと待ってよ」

「……」




痛い程に強く掴まれた手。
無言の背中は明らかに怒りを表していた




「何でそんなに怒るの?あんなのブン太先輩のいつもの冗談でしょ」

「うるせぇ」




赤也の行動は明らかに嫉妬心からくるものだった



赤也だって他の女の子に愛想を振りまいたりするのに…
は半分呆れながらも、彼の今の状況を悪化させないためにも黙っていた






そのまま互いに何も語らないまま校舎裏まで来ると、
赤也は掴んでいた手を離した


そして、いつものようなふてぶてしい態度とは違って
迷子になっていた子供が母親を見つけてホッとしたような表情でを見つめた




「あ…赤也?」




溜めていた思いが溢れ出したように、の次の言葉を待たずに
赤也はその手にを抱きしめていた




「ちょ、ちょっと…」




いくら二人きりとはいっても、ここは校内。


滅多にこの校舎裏には人が来ないとは分かってはいても
もしかしたら誰かに見られるかもしれないという緊張感の中、
居たたまれなくなったは赤也から離れようとした

が、赤也がそれを許すはずもなく、その手を緩めるどころか
更に強く抱きしめる結果となってしまった




「赤也……イタイ…んだけど…」




その言葉に赤也は少しだけ力を緩めたが、しかしを離すことはしなかった


諦めるようにが大人しくしていると、
耳元で「いやなんだよ」とボソリと呟く赤也の声が聞こえた




「え?」

「…お前が他のヤツと楽しそうにしてるのが…イヤなんだよ」




いつもの強引さは影を潜めて、心なしか震えている声に
の眠っていた母性本能が目覚めたような気がした




「赤也…そんな事言って……恥ずかしくない?」

「なっ……恥ずかしい…くない」




恥ずかしさを肯定したり否定したりする赤也の態度が可笑しくて
は小さく吹き出すと声を出して笑った




「何で笑うんだよ」

「だって可笑しいから」

「……どうせオレは…」




強引かと思えば卑屈になったり…


は、こんな赤也を操縦できるのは自分だけなのだと
そう思わせてくれる赤也が可愛く思えた




「だから・・・笑うなって」

「無理だよ、だって楽しいんだもん」

「何が楽しいんだよ?」

「私はね…誰といるより赤也といる時が一番楽しいんだもん」




一番楽しいという言葉が『好き』という言葉より胸に響いた
赤也は『オレも』と言う代わりにの唇に触れた


想像していたものや夢の中で見たものと違って、
甘く柔らかく、それはそれは心地の良いものだった




離れた唇から「バーカ」と小さく漏れたの言葉は
『好き』と言っているように聞こえた




「イチゴの味がする」

「あ…さっきブン太先輩からもらったキャンディを舐めたからね」

「もらうなよ」

「あはは、赤也も食べる?」

「いらねぇよ…イチゴ味は好きじゃねぇ」

「ふぅん」

「な、それよりもう一回しようぜ」

「ダーメ」

「ちぇっ…ケチ」








あの日からオレは次のチャンスを狙っている



それを分かっていては楽しんでいるのか
オレが好きじゃないと言ったイチゴ味のキャンディをいつも舐めている



オレはといえば、あの時のキスが忘れられなくて
いつも胸ポケットにイチゴ味のキャンディを潜ませている






肩透かしをくらったオレの口の中には今日もキャンディが…








なぁ、もう一回しようぜ















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